・11月22日(金) 無題(酔っ払い)
久しぶりって程でもないが友人と遊びに行き、近況報告って程でもないがお互いの状況確認。
友人とは数年前までは同僚であり、社会人としてのスキル?勝敗?地位?はお互い知れたもの。
とにかく社会に出てからは年齢なんて関係なく、行動量が多いほど進んでいく。それは必然。
20代の天才から60代のバカまで人それぞれ。
まぁ、ここでいう評価は他人の物差しなので、最終的には本人の幸せ感度。
でも、物差しが同じなのにそれを誤魔化したところで、偽りの満足感しか得られない。
掴みに行くべく人間は掴みにいかないと満足できない。
自分の物差しは誤魔化せないのだ。
さて、行動量(動く)とは何だろうか。
サラリーマンやってるとそれなりに勝手に年収は上がっていく。
年収300万から500万、750万を超えれば1000万が見えてくるだろう。
年収300万は結構カツカツだろうが、500万、750万とくれば使い方を間違えなければそれなりに満足できる生活ができるだろう。
行動力とはカツカツではなくなった時のお金の使い方なのかもしれない。
500万で保身に走ればそこがゴール、750万で保身に走ればそこがゴール。
ただ、年収=価値ってわけではなく、年収で例えてるだけ。例がないと分からんもんな。
友人は行動力がある男なので、自分のガレージ付きの家も建て、趣味にもしっかり没頭してる。
今はドローン飛行に興味を持ち、30万かけて認定をとるらしい。
ドローン本体も購入予定とのこと。
何かにつけてやはり、行動力(決断力)が違う。
俺の後輩だったころ、俺にそっくりだと言われていた彼は、今ではすっかり俺の先を行く先輩。
確かに自分自身ここ10年、空白のまま年を取った気がする。
でも、物差しが厳しい側の人間なのでそれでは虚無感に押しつぶされる。バカヒャッハー。
だからこそこんな文章書いてるわけで。
ただ、そもそも今の生活が人が羨む人生なのかどうなのかも分からない。
先にも書いたが、結局は自分の物差し。
満足してないならそれまで、満足できてるならそれまた良し。
何かをうらやましいと思うなら、それが物差し。
どうか短い物差しであってくれれば簡単に満足感が得られるのになと思う。
俺はいつかは独立するのか。
すごいことやってんだろって人間もママゴトに見える。
転勤崇拝バカとか、ローテ崇拝バカ、俺は上司バカ。他人の行動が気になって注意してるけど、自分も同じバカ。
ニッポンバカサラリーマン。
「楽しい」ってのが原動力な世の中が来てもいいんじゃね令和。